ひとりごと

日本と海外のコミュニケーションの違い

この記事では、僕のこれまでの海外生活での実体験や友人の話を元に、僕の思う日本と海外のコミュニケーションの違いをお話ししたい。

シンプルな海外

人見知りの僕が気楽で居られる瞬間

慣れ親しんだ家族や、友人であれば心置きなく素の自分でいられる。

しかし、誰に対してもそうとはいかない。

むしろ、正直言うと出来る限り他人に会わずに生活出来たら、どれだけ心が楽だろうと考えることもある。

しかし、だからと言って他人と比べて特別コミュニケーションが下手なわけではないと思っている。

実際に、営業マンとして日本で仕事している時は、むしろ褒められることすらあるほどだ。

しかし、それは僕にとって自然に出来ているわけではなく、他人と対話するためにもう一人の自分を演じているといった方が正しいかもしれない。

実は結構がんばっているのだ。

だから僕は昔から、いつも明るい人や友達が多い人を見てはとても羨ましく思っていた。

もちろん、その人達だって人前ではがんばって偽物の自分を演じているだけかもしれない。

しかし、そんな僕でも、家族や親しい友人以外に、気疲れせずに会話が出来る時がある。

それは、外国人と英語で会話する時である。

この外国人、そして英語でというところがポイントになってくる。

これまで僕は、海外生活、そして仕事を通じて、英語しか通じない外国人と様々な立ち場で関係を気づいてきた。

ある時は友達として。

また、ある時は従業員として。

そして現在は、雇用主として。

などなど、このようにさまざまな立場で、外国人達と向き合ってきたが、立場は違えどそこには必ず共通しているある重要事項がある。

それは、

自分の気持ちをはっきり言葉で伝えなくてはいけないということだ。

友人の衝撃的な実体験

昔、僕の日本人の友人がフランスにいた時に実際にフランス人の友人に言われて驚いたという体験談を話してくれた。

フランス人を含めた数人でたわいない会話をしていた時のこと。

僕の友人は、ある程度のフランス語での会話の内容を理解していた。しかし、その上で自分の頭では考えていたものの、ここで口をはさむともう一つ会話が別の方向に向き、そこから派生する内容を話し出すとキリがなくなると思い、特に何も口に出さずにいたという。

すると、会話をしていた一人のフランス人女性からこんなことを言われたという。

「なんであなたは黙っていて何も言わないの?自分の意見がないなんて、あなた人間じゃないのと一緒よ」

日本でこんなことを言われることはなかなか珍しいことではないだろうか。

僕が思う外国人は、とても素直だ。

まあ、素直という言葉が合っているかわからないが、とにかくストレートで、考えていることがシンプル。

だから、意見が頭の中にあるなら口にするはずだ、だから口にしていないあなたには意見がなく、存在していないも同然だと思われてしまうのだという。

たしかに、僕が住んでいたカナダ、アメリカに住んでいる人たちに関してもそうだったかもしれない。

言ったこと=考えていること

そう捉えてしまって問題ないことが多い。

そして、このようなスタンスが僕にとっては心地よい。

相手が今「Yes」と思っているか「No」と思っているかがはっきりわかるので、こちらも気を使わなくて済む。

外国人との会話は非常にシンプルで楽なのだ。

 

面倒な日本

多数決が大好き

それに比べて日本人は、本当に何を考えているのかわからないことが多い。

自分で選んでおきながら文句を言ったり、嫌いだといいながら実はこっそり好きだったり。

これは僕の憶測だが、日本人は外国人に比べて他人の目を気にし過ぎる傾向にあって、それがこれらを引き起こす一つの原因なのではないかと考えている。

日本人の多くは、多数決で多い方に入った方が安心という価値観を持っている人も多いと感じる。

みんなと同じが安心。

そして、大多数がそう言うのであれば正解なのだと。

“みんなと同じ枠”から外に出てしまうと、“変わり者”扱いされてしまう。

すると不正解になってしまうのだ。

だから、みんな本当の自分の意見を心の中には持ちつつも、他人の様子を常に伺って、その場面ごとに意見を変えたり、相手に合わせようとする。

場面ごとにそこにいるみんなと同じで在ろうとする。

こういった文化から生まれた概念が、空気を読むなのではないだろうか。

 

日本の常識 ≠ 世界の常識

空気を読む文化に対する疑問

しかし、僕はこのコミュニケーション方法は、本当に皆が幸せなのかと疑問に思うことがある。

なぜなら、常に表の顔と裏の顔を持ち合わせていなければならないし、しかも表の顔は一つでは足りない上に、場面ごとに変化させる必要もある。

ただ、これを完璧に演じるのはやはり不可能で、結局どこかのタイミングで表の自分と裏の自分のギャップが見え隠れしてしまう時がある。

その結果、それを見た人たちから陰口やうわさ話に繋がっていくのかもしれないと思うこともある。

そして、僕自身も、やはり日本人といる時はそうならざるを得ないことも多い。

僕も、これだけ大多数と違うと思われる人生を歩んで生きてきたので、だいぶ打たれ強くなった。

しかし、さすがに常に不正解な奴と後ろ指刺されながら生活出来るほどまだ成熟していない。

実際そこまでして、日本で自分を押し通すメリットなどないであろう。

とにかく、日本のコミュニケーションと、海外のそれとではだいぶイメージが異なる。

このように、僕の考えとしては、日本のコミュニケーションスキルは、海外では評価されないことも多いということを少し頭に入れておくことも必要なのである。

これから海外に行ってみようと考えている人達や、今後、自分の子供に海外経験をさせてあげたいと思っている親御さんたちには、是非知っていてもらいたいことの一つである。

 

最後に

本日はここまで読んでいただきありがとうございました。

本日書かせていただいた内容は、僕自身のこれまでの海外経験に基づいた僕の感想です。

もし、どのような人間がこの記事を書いているのか気になってくださった方がいらっしゃったら。

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