独立ブログ

新しいステージへの門

2020年11月5日。

ついにこの日を迎えた。

 

初めまして、日進まこと幼稚園殿

初めて僕のプロジェクトに興味を持ってくれた幼稚園。

それは、さいたま市日進町にある日進まこと幼稚園である。

https://makoto-youtien.jp/

その日進まこと幼稚園の副園長、野尻先生との面談の日だ。

会社には適当な理由を付けて休みを取った。

普段であればズル休みをするのは少し心が痛いが、この日ばかりは堂々とした気持ちで後ろめたさなく休みが取れた。

なぜなら、僕の心の中心は、この時もう完全に会社員から独立へシフトしていた。

面談の予定は午後3時。

幼稚園の通常預かり時間が終わり、少し時間にゆとりができる頃だという。

朝起きていつも通り息子を保育園に送ってから、面談用の資料に再度目を通した。

理想とは程遠いながらもなんとか作成した3つの動画。

マイカ、アンドレイ、そしてミア。

快く協力してくれたみんなに感謝だ。

そして、吉村さんにアドバイスをもらって作成した主意書。

それから、金井さんにボロクソに否定されたプレゼン資料。

これに関してはその後何度も確認して変更を重ねて作り直した。

まあまた、今またこれをもう一度吉村さんや金井さんに見せても結局またボロクソに否定されるであろう。

経営のプロやマーケティングコンサルに言わせれば、ゴミみたいな資料かもしれない。

でもそれでもいいと思った。

失敗するかもしれないけど、出来る限りやったと自分の中で納得できているのであれば、それでゴーを出さなければ、結局自分の裁量で事業を行うことなんて永遠に出来ない。

とにかく今は自分の熱意を伝えるしかない。

会社に行くときはいつもスーツで出勤している。

しかし、今日は幼稚園。

あまりかしこまっていくのも違うと思った。

そして何より、せっかく自分が基準になってビジネスを行うのであれば、自分の色を出していけばいいじゃないか。

新しいことをやろうとしているのであれば、業界の異端児でいるくらいが丁度いいのではないか、そう都合よく解釈して自分自身の色を保とうとした。

そんな風に考えつつも基本的な礼儀は抑えておくため、オフィスカジュアル的な服装で行こうと決めた。

シャツにノータイでジャケット着用。だけど、下はチノパンに革靴。

少し緩めの会社ならこんな服装がOKなところもあるであろう。

リュックにパソコンとiPadと印刷した紙の資料をファイリングしたものを詰め込んで出発の準備が整った。

そして、約束の時間の約30分前、

僕はリュックを背負って自転車にまたがった。

そう、自転車だ。

実は、日進まこと幼稚園は、実は僕の住んでいるマンションから自転車で約20分程度の場所にあるのだ。

こんなことがあるだろうか?

実際にコンタクトを行う幼稚園を選ぶ際、家から近いところを基準にして決めていた。

理由としては、今後しばらくは会社員を行いながら、頻繁に通うことを予想していたので、近いに越したことはないということだった。

もちろんすぐに見つかるとは思っていなかったので、もしたまたま協力してくれる園が多少遠かったとしても、それはそれで通う決意はあった。

しかし、なんと今回興味を持ってくれた日進まこと幼稚園は自転車でいける範囲。

この事実には、さすがに運命を感じずにいられなかった。

こういう部分からも絶対に僕の選択は間違っていないと思った。

そして自転車をこいで幼稚園に向かった。

初めてなので少し迷ったが十分にゆとりをもって到着した。

 

新しいステージへの扉

日進まこと幼稚園は創業60年。

その建物の歴史を直に感じられる趣がある。

僕はこういう雰囲気がとても好きだった。

入口にチャイムらしきものが見当たらなかったので、ジャバラになっている門を自分で開けて中に進んだ。

入ってすぐに、こんにちは!と大きな声であいさつすると、中から保育士さんがほぼ100%の確率で身に着けているあの形のエプロン姿の男性が出てきた。

副園長先生の野尻さんだ。

一見強面で声も大きく、若干圧の強めな野尻さん。

第一印象は少し苦手なタイプにも感じたが、とても気さくに僕を迎え入れてくれた。

園に入ってすぐ出前の部屋に案内され、座ってくださいと言ってくれたのだが、そこで見たものが僕をすごく暖かい気持ちにさせてくれた。

それはその部屋に用意されていたテーブルと椅子である。

それらは普段園児が使用しているものでとても小さい。

大人が座ったら、折れ曲がった膝が腰よりも上にくる。

幼稚園の中に入るのは僕自身が園児だった頃以来だ。

正確には僕は保育園に通っていたので、幼稚園に入ることはもしかすると初めてだったが、こうしていわゆる保育施設に入るのは約33年ぶりであろうか。

椅子に座った瞬間になんだか心が温かくなって、心の中の緊張がほぐれていくのを感じた。

会社のオフィスのデスクに座るのとは全く違った感触だった。

野尻さんと向かい合わせで、大の大人が園児の椅子に腰かけて面談するというのは、慣れていない人が見たら奇妙な風景かもしれない。

この時点で僕の心はワクワクしていた。

野尻さんは本当に気さくな方でたくさん話をしてくれた。

幼稚園の事、子供たちの事。

そして僕が話をする番になった。

僕は、なぜこのプロジェクトを行いたいと思ったかという想いの部分をもう一度説明した。

初めは準備した資料を見せながら説明しようと思ったのだが、話しをしていく中で実際にその資料が登場することはなかった。

その理由はというと、資料にまとめた堅苦しい文章よりも、実際の想いが反映されてリアルタイムで語られる僕の言葉を通して、十分に気持ちを通わせることが出来たからだ。

こればかりは予想できなかった。

結局、人と人なのだ。

どういう資料をつくれば確実に思いが伝わるとかいう完璧なテンプレートは存在しない。

いくら用意したところでその時の空気感や、担当者との相性でも進展の仕方は変わってくる。

だけど、どう転んでも変わらないはずのものがある。

それは自らの信念、想い。

これが話をする人によって揺らいでいては元も子もない。

自分でその時出来る最大限の準備はする。

だけど後は、もう自信をもって自分の想いを貫くしか方法はないのかもしれない。

そして野尻さんは、こう言ってくれた。

「実は僕は普段、営業電話とかは全部断ってるんです。毎日同じような電話が頻繁にかかってくるんで話を聞いている暇がないんです。でも、Geshiの想いは伝わりましたよ。僕も新しい何かを始めることにワクワクするタイプの人間なんです。一回ちょっと時間を見つけてレッスンしてみましょうかうちの子供達で!」

おお!

ついに来た!

日進まこと幼稚園の子供達でお試しレッスンをさせてくれるというのだ。

僕は、自分の力で僕の想いに賛同してくれる人を見つけたのだ。

本当に嬉しかった。

コロナウイルスが世界を翻弄し始めて、会社から腑に落ちない命令がくだってから約4か月。

俺、よくやったな!

今しなくていつするんだと言わんばかりに、心の中でガッツポーズを決めた。

こうして初めての面談を終えた。

面談を終えた後に園内を少し紹介してくれ、野尻さんのお父さんである園長先生にも会うことができた。

園長先生はこの幼稚園を60年間運営してきた方だが、すごく笑顔が柔らかい、優しい感じの人だった。

最後に園児を送り迎えするアンパンマンが描かれた送迎バスの前で一緒に写真を撮ってくれた。

この写真は、僕にとって、本当に人生の記念写真の一枚になることは間違いない。

お試しレッスンの日取りはまたスケジュールを調整してから候補日を連絡してくれるという。

そして最後に、僕の息子にプレゼントと言って、トイストーリーが描かれたタオルと、子供たちが最近作成したという手持ちの風車をプレゼントしてくれた。

本当に、いちいち、ほっこりさせられる。

そして、心からのありがとうございましたを野尻さんに伝えて幼稚園を後にした。

帰りに自転車こぎながら、僕は本当にツイていると思った。

何もわからないまま、誰に求められるでもないままに自分だけを信じてひたすら続けた約4か月間。

すでにたくさんのストーリーが生まれた。

たくさんの感情が生まれて、たった4か月間とは思えない経験値を得たような気がした。

僕は思った。

本気で人生をかけてトライしよう。

あの小さなテーブル。

あの小さな椅子。

そして元気な声と優しい笑顔。

それら全ては、今のオフィスにはないものだった。

そして、僕が求めているものはこれだと確信した。

一度気持ちを落ち着かせようとコンビニ入り、自転車を止めて、背負っていたリュックを自転車のカゴに入れると、野尻さんにいただいた風車をリュックにさしたまま忘れていたことに気が付いた。

平日の真っ昼間に、オフィスカジュアル姿の男性が風車を指したリュックを背負い、ピンク色の自転車(妻の)に乗っていたことに気が付いた。

そういえば、小学生の頃、小学生の間で変なあだ名をつけられ町内でちょっとした有名人になった奇妙な行動をするおじさんがいたなぁ。

そう思うと急に少し恥ずかしくなり、風車を鞄の中にしまった。

そして僕は決意した。

よし、会社に辞表を出そう。