独立ブログ

やりたいことを他人に話せば、本当にやるべきことが見えてくる

実際に曲作りを始めるにあたり、楽曲制作と同時に歌の歌詞をノートに書き溜めてみた。

 

よこしまな仲間探し

英語で相手に気持ちを伝えるには、ジェスチャーもとても効果的だ。

言葉だけでなく体全体で表現すれば、正直文法がぐちゃぐちゃでも、ある程度の意思疎通が出来てしまうこともある。

僕は多くの日本人が英語が苦手な大きな理由の一つは、間違いを恐れて完璧な英語を話そうとしてしまうことだと思っている。

最近では、小学校から英語教育が始まり、中高で6年、そして大学に進学する場合はそこで3~4年と合計で約10年以上も勉強するにも関わらず、それらの学校の勉強だけで自然な英会話が出来るようになる人は少ない。

僕の感想としては、これは日本の教育方法が、英語を座学として数学のように一つの答えを導きだすようなやり方をしていることが問題だと考えている。

これに関してはこの記事で僕の“ひとりごと”として、じっくりと僕の考えを話しているので興味のある方は是非読んでみてくれたら嬉しい⇓

日本と海外のコミュニケーションの違い日本人同士で評価されるコミュニケーションスキルは、海外では役に立たないことの方が絶たないことが多い。これらは結局、実際に様々な外国人と対話して初めて磨かれるもので、文章で、頭で理解するより、とにかくトライして失敗して体感することが結果的に一番近道であろう。...

僕は昔からよく自分の曲をピアノやギターで作成していたのだが、いつも歌詞を書きながら、その歌詞のメロディーを同時に考えていくことが多かった。

作詞作曲のやり方に関しては、人それぞれで正解などないのだが、僕のやり方はワンフレーズ毎に歌詞とメロディーを作りながら少しずつ一曲を組み立てていくようなイメージだ。

そして今回も、自己流なやり方でまず初めにこんな感じがいいのではないかと考えた。

実際の歌詞はこんな感じ。

Your eye eye eyes look at me.

My eye eye eyes look at you.

Our eye eye eyes look up in the sky.

We are always together.

とってもシンプルだが、相手は園児達。

このくらいの事から始めるぐらいでちょうどいいはずだと思った。

実際この歌を歌いながら、ジェスチャーをする。

Your eye eye の時は相手の片目を指し、My eye eye の時は自分の片目を指す。

そしてeyesの時は自分の両目の周りをくるりと指でなぞる。

といった形でジェスチャーを織り交ぜながら子供たちと一緒に歌うのだ。

こういう感じの歌をたくさん作って歌詞と動作をリンクさせて教えていけば、コミュニケーションに必要な英語が子供たちの中に自然と浸透していくのではないか考えた。

我ながらいいアイデアだと思った。

そこで僕は、早速このアイデアを誰かに話したいと思った。

僕は昔から、アイデアが浮かぶとすぐに誰かに話したがる傾向があった。

完成する前に共有したくなるのは、おそらく今自分は何かにトライしているんだということを知ってもらうことで、「褒められたい」「すごいと思われたい」そう考えていたのかもしれない。

そして、この時も例にもれずその感情が訪れた。

そんな時、真っ先に頭に浮かんだある一人の男性がいた。

友人の慎吾(仮名)だ。

慎吾は日本人だが、英語、スペイン語を流暢に使いこなし、カナダ現地の大学でスペイン語を教えていた。

言語学習者のはしくれとして、リスペクト以外の何物でもない存在だった。

しかも、慎吾はめちゃくちゃ歌が上手い。

後にも先にも、これまで僕が知り合った日本人の中で、僕より歌が上手いと完全に言い切れるのは慎吾だけだと思う。

そんな慎吾との出会いは、とある歌のオーディション。

昔僕がカナダに住んでいた時に行われたオーディションに参加した際、彼もその参加者の一人だった。

僕はオーディションが行われている際、彼の存在に気が付いてはいたが、その当時の僕は外国に来てまで日本人とつるむのはナンセンスだと、かたくなに日本人を無視した生活を心掛けていたので特に話をしたりはしなかったが、オーディションが終わって数日が経った頃に、彼の方から主催者を通して連絡をくれたのだ。

結局その後仲良くなり、かれこれもう10年以上の付き合いがある。

そこで僕は、慎吾も僕と同じ音楽と言語を生業として暮らしているということで、彼に話をしてみたらどうかと考えたのだ。

 

他力本願が招いたカウンターパンチ

そして、この時の僕には、ある甘い考えが脳裏をよぎっていた。

実は僕は、彼をこのプロジェクトに巻き込んでしまうことは出来ないだろうかと考えてたのだ。

この当時の僕の英語レベルはある程度に達していて、それなりに自信もあった。

しかし、他人に教えるということに少し不安を感じていた。

僕は、若干心配性で小心者なところがある。

そのせいか、昔から先生という立場の人達にこんな疑問を抱いていた。

一体各分野の先生とやらは、それぞれの専門分野に対してどこまで深い知識があるのだろう?

例えば、生徒やその親御さんから質問されたことに答えられなかったらどうするのか?

間違ったことを教えてしまったらどうするのか?

やはり先生という立場の人間は、そんな悩みを超越するほど深い知識を身に着けていなければいけないのだろうか?

そう考えると、きっと自分だったら他人に何かを教えることを相当なプレッシャーに感じてしまい、なかなか出来ることではないだろうな。

そう思っていたのだ。

だからこの時もまだ、正直僕一人でこの事業を行うことに不安を持っていたので、

「誰か一緒にやってくれたらな。」

そんな弱気な僕の脳みそが、この彼の存在を思い出させ、彼に話をしてみたらどうかと考えたのだ。

慎吾なら日本語での意思疎通が完璧に出来る上に、英語も完璧。

そして歌も歌えて最高の人材だと考えた。

とにかく慎吾に連絡を取ってみることにした。

この時、慎吾はまだカナダに住んでいた。

日本とカナダの時差は季節によって異なるが、12~13時間ある。

いつも通りMessengerで連絡をして、相談があると伝え慎吾の返信を待つ。

次の日だっただろうか、すぐに返信は帰ってきた。

そして何気ないやり取りを数回した後、電話で久しぶりに話をしようということになり、日時を決めた。

2020年5月某日。

世界はコロナ渦の真っ只。

僕は慎吾と電話で話をした。

慎吾「久しぶり、どうだい日本の状況は?こっちはみんな感染を恐れて外に出ることはほとんどなく、辛抱の時期を過ごしているよ。」

僕「そうだね、こっちも緊急事態宣言でみんな混乱中だよ。でも都内は結局みんながリモートワーク出来るわけでもないし、国から十分な補助金も出るわけじゃないから、僕も含めて多くの人達が相変らず結構な満員電車で通勤してるよ。」

そんな何気ない会話や、実際の会社からの対応の愚痴なんかを話しながら少しづつ本題へと入っていった。

僕「実は今日慎吾に相談があるんだよね。」

僕は、今独立に向けて動いていて、あるプロジェクトの計画を進めているということを話した。

僕の中では、慎吾がこのプロジェクトに興味をもってくれると思っていた。

そして、もしそうであれば、日本に帰ってきて一緒にやってみないかと声をかけようと思ったのだ。

面白そうだね!ちょっとそれは是非やってみたいよ!

そんな回答を心待ちにしていた。

しかし、慎吾から帰ってきた反応は予想外のものだった。

慎吾「ん~、今話を聞いて思ったんだけど、その歌をジェスチャー付きで歌うって考えだけど、もうあるよねすでに。」

「そして、僕は全然わからないけど漠然と思うのが、Geshiみたいな個人がさぁ、保育園とかと取引って出来るのかな?」

「誰か保育士さんとか知り合いでいないの?」

「その辺もう少し調べてみた方がいいんじゃないかな。」

確かにもっともな意見だった。

僕もその部分に関して不安がなかったわけではない。

しかし、重要なことだとは思いつつも、やりたいことが出来なくなる可能性が露わになることを恐れ、しっかり向き合っていなかった。

慎吾は、歌は上手い。そして語学力もずば抜けていてカナダの大学で講師もしている。

だけど、いわゆる日本で就職して社会に出てバリバリ働いている人間ではない。

だから、僕の中のどこかで、慎吾とは昔は一緒に歌手を目指していたけれど、僕はもう違う。

僕はそこからはもう卒業して、日本で就職もして海外出張にも毎月のように行ってるビジネスマンなんだ。

そして、さらに今そこから独立しようとしていて、慎吾よりも社会人として何歩も先に進んでいるんだ。

そんなうぬぼれがどこかにあったのかもしれない。

少しだけ、慎吾のことを見下していたのかもしれない。

だから、そんな奴に意見されたと思うと腹立たしく感じてイラっとした。

でも、実際にそんな自分が少し見下していた相手でも簡単に思いつく疑問をあえて考えないようにしていた自分は相当やばいということに向き合わずにはいられなくなった。

やっぱりやらなきゃいけないか。

どう考えても、この時点ではまだ、慎吾の今の生活を変えて一緒に賭けに出てほしいという話を持ち掛ける段階では絶対にない。

完全に甘かった。

 

やりたいことを他人に話せば、本当にやるべきことが見えてくる。

僕「じゃあいろいろとりあえずまた調べてみるわ。まだアイデア浮かんだばっかりだからこれからだからさ。」

そう言ってこの日は電話を切った。

その後、そのイライラが少しばかり続いた。

しかし、後に冷静になって考えてみたら、この時やはり慎吾に話をしてよかったと思った。

それは、自分が何かに熱中しているときは、周りが見えなくなっていることが多いし、物事の良い部分だけにフォーカスしてしまっていることも多いということを再認識できたからだ。

人は、ネットで情報収集していたり何か悩みがあって占いを観ている時などに、自分に都合のいい情報にだけフォーカスしてしまい、初めに調べて出た結果が自分にとって後ろ向きな結果だった場合、結局それを無視して納得のいく情報が手に入るまでネットサーフィンを続けてしまう傾向にあるという。

もちろん、いい部分に目を向けることはとても重要だと思うし、根拠のない自信が自分を前に突き動かすなんてこともあるだろう。

しかし、結局悪い部分も受け止めた上で計画を立てて進んでいかなければ、ひとたび自分が認めたくない部分と向き合わざるを得なくなった時には、その地盤の弱さに、一気に立ち直れなくなるほど崩れ落ちて行ってしまう可能性の方が高いのかもしれない。

だから、そうなる前にやりたいことが出来たらまず初めにそれを友人に話してみることで、客観的な意見をもらえるいい機会になるのかもしれない。

しかも無料でだ。

そして、もしその時に後ろ向きな意見を言われたとしても、そこで自分の熱量も測れる。

その程度の意見で諦めてしまうのか。

それとも、それでも“やる奴”で居続けられるのか。

自分の気持ちを再確認出来る。

日本で独立するということは、ほとんどの場合が他大多数とは違う道に進むことを意味する。

それはつまり、こんな選択や、駆け引きばかりの日常をどう捉えて前向きに過ごせるか。

それが大きなカギになるということかもしれない。

それは結構しんどいことかもしれない。

だから、ひとまず今日は、“やる奴”をまた選択出来た。

そう思えた日は、そんな自分を一日の終わりに褒めてあげるのもいいのではないだろうか。