独立ブログ

インド人面接。思い出した旅の思い出

さて、本日はインド人女性とのズーム面接だ。

 

インドの思い出

しかしその前に、僕のインドの思い出について書きたいと思う。

僕はインドが好きだ。

インド人も好きだ。

数年前にインドを約一カ月半ほど旅したことがある。

初めはそれだけの期間があればインド中を周って来られるかと考えていたが、その考えは甘かった。

結局その期間で実際に行けたのはほんの数か所の町。

その一つの理由は、なにせ死ぬほど暑かったということ。

最近では、日本でも真夏であれば40度を超える場所もあるが、当時はまだそこまでの気温上昇になじみがなかった。

そんな中、インドはほぼ毎日45度以上の気温に達していて、熱波で命を落としてしまうケースも多発しているくらいだった。

これだけ熱いと、行動計画を立てても結局行けなかったり、行きたくなくなったりする。

僕はこれまで、海外十数か国をバックパッカーとして旅した経験がある。

プロフィールをまだ見てくれていないのであれば、是非見てもらえると嬉しい。

ゲーシーパークへようこそこのページはブログオーナーであるゲーシーの生い立ち、プロフィールを長々と綴っております。メインカテゴリーの英会話習得方法ブログ、ビジネスブログをに興味を持っていただけた方に向けて、ゲーシーをより理解していただくためにおススメです。このページを読んでくださった方、是非メッセージをお待ちしております。...

その多くはアジアだ。

僕はその当時、特にアジアの国々に関しては出来る限り現地の文化に身を置いて現地の暮らしに近い体験をしたいと考えていたこともあり、かなりの貧乏旅行をしていた。(今では日本も物価が安い国と認識され始めているが、東南アジアの方がそれでもやっぱりまだ安い)

とにかく毎日安宿に宿泊。

しかし、東南アジアはセキュリティのこともあってか相部屋は少なく、かなりの安宿でも一人部屋は確保できることが殆どだった。

まあだからと言ってドアのカギはかなり簡易的で誰でも本気を出せばすぐに壊せるレベルだ。

これまで一番安かった宿は、まさにインドで泊まった宿。

日本円で一泊、約70円だ。

信じられない人もいるかもしれないが、そういう宿も存在する。

しかし、

めちゃくちゃ汚い。

もうただただ汚い。

一応ベッドはあるが、目に見えるくらいのノミがピョンピョン跳ねているようなレベルだ。

それでも当時の僕にとっては、長旅をするには節約することがとにかく大事で、宿代は生活の中で大きな支出の一つ。

だから、ここを節約出来れば一日、二日と長く旅が出来ることになる。

若さとは素晴らしいと今では本当に思う。

人間やる気があればいつからだって出来る!という人もいる。

しかし、僕は今になってそれは少し違うと考えている。

 

Connecting the dots

もちろん物理的にはいくつになっても足を運ぶことは出来るが、年齢が異なれば同じ内容の旅にはならないであろう。

ちなみに今の僕には、その当時のレベルでのバックパッカー旅行は到底出来ないと思う。

あの汚さに慣れてきていた当時であれば、日本のトイレなら十分快適に眠れるし、飯も食えた(笑)

でも今は無理だ。

絶対にやりたくない。

僕の人生には、いくつかの段階が存在している気がする。

僕はその段階ごとに、その段階にあった生き方をしてきた気がしている。

上手くは説明できないが、自分のレベルに合っていないことは無意識に実行していない。

そんな感じもある。

一度段階が変わってからは、昔の段階に戻るのは難しい。

実際には物理的には戻れると思うが心が満足しないからそれを許さない。

これらを単純に成長とも呼べるのかもしれないが。

だから僕は、自分の心があるべき場所にある時に、常にその心に耳を傾けて全力で目の前のことを計画もなしに行ってきた。

今でも人生の正解なんてわからないし、計画を立てるのも苦手だが、振り返ってみると正しかったと思えることばかりで、ある程度事細かく説明できるくらい過去の記憶は鮮明に残っている。

そして、これからもそのスタイルは変えないつもりだ。

これからも自分の段階が変わるごとに新しい価値観で考え行動したいと思う。

そして昔を振り返った時に、あの時の行動はやっぱりあの時しか出来なかったんだと思えるし、それらが今に繋がっていると実感できると思うからだ。

Typing dots世界共通語の英語を通して様々な文化に触れ合うことで初めて日本と世界を比べることの大切さを知った。人生の選択肢が増えたことで、今後の生き方、自分にとっての幸せの形をしっかりと考えながら、今出来ることに本気になることで、点と点が線に繋がる時が来るのだ。...

さて、そんな僕はこうして文章を書いているときも特に明確な計画も立てていないので、頭の中に思い出が出てくるとその事を書き始めてしまい話がこうしてどんどん脱線していく。

そして今もそうだと気が付いたので、ここらへんでインドの話に戻ろう。

 

リスペクトに値するインド人現る

とにかくインドはどこの町に行っても埃っぽかったし、汚かった。

野良犬と牛、サルと人々が共存して暮らしていた。

すいませんインド人の皆さん。

でもこれはあくまでも僕の個人的な感想です。

ではなぜここまで言っておいてそれでも僕はインドが、そしてインド人が好きだというのか。

それは、言葉で伝えられることと、感覚的なことで伝えられない部分もあるが、伝えられる部分はこれらだ。

人がうざい!

こんなこと言うと、インドをけなしているように思われるかもしれないが、実はそうではない。

とにかくインドは人が多い。

人口約14億人ほどがいるから当たり前だが、体感としてそれより多く感じる。

その理由としては、まずみんな本当にやかましい。

当時の僕は、汚い恰好はしていたもののやっぱり外国人。

町を数分歩くだけで多くの商人が集まってきて、物を売りたがる。

これがものすごくうざいんだが、とにかくそのエネルギー量は半端じゃない。

日本人であれば知らない人に声をかけて、物を売ろうとした場合、大抵は、「すいません」と少し小声で申し訳なさそうに話しかけるのが普通であろう。

しかしインド人は違う。

とにかく声がでかくて、

「へーイマイフレンド!!!」

「安い安い!」

と堂々と声をかけてくる。

確かにうざいのはうざいのだが、実は、この旅の途中に出会った商人達の中に、一人リスペクトしているインド人男性がいる。

僕がインドの首都デリーの町を歩いていると、テゥクテゥクに乗った男性が声かけてきた。

しかし、こういったことは日常茶飯事だし慣れている。

僕は基本的にはこういうオファーは全て断っているのだが、なぜかその男性に声をかけられたときは話を聞いていた。

話の内容はこのようなものだ。

「どこまででも誰よりも安く連れて行ってやる。ただその代わり、途中でいくつか寄ってほしい場所があるんだ。」

僕はその理由はもうわかっていた。

彼らのようなドライバーは、観光客用のお土産屋やジュエリーショップと契約をしていることが多く、お客を連れてきたらマージンが支払われるという仕組みになっているのだ。

そのため、多くのドライバーたちは、観光客を目的地まで安く連れていく代わりにその途中でいくつかのお店に寄ってほしいと交渉してくるのだ。

客にそれらの種をちゃんと明かすところも面白いが、その男性も例にもれずそう言ってきた。

僕は普段であれば断るのだが、その時は外が熱かったこともあったし、時間も結構あったのでそのオファーを受けることにした。

しかし、こちらにも条件があった。

それは、ドライバーは僕を連れていきたい店が5つほどあるといったが、さすがにそんなには寄りたくなかった。だから、その中で2つだけなら付き合ってあげてもいいと伝え、もちろんそれらのお店で何か買うつもりなど全くないことも初めから伝えた。

そうしてお互いが承諾し、彼のオファーを受けることにしたのだ。

そしてトゥクトゥクに乗り込み出発した。

約束通り安価なジュエリーショップのようなお店を2件ほど寄ったので、さあこれから目的地に一直線であろうと思った。

しかし、そう思っていた矢先に、なんだかまたよくわからないお店に到着したのだ。

僕はそのドライバーに伝えた。

「約束が違う。俺はもう2か所寄ったし、ここからは目的地までストレートに連れていってくれ。」

するとドライバーは、到着した店には寄らず、ニコニコしながら再び走り出した。

しかし、しばらく走るとまたよくわからないお店に到着し、これまたとびっきりの笑顔で、

「すごくいいお土産が買えるから寄って行こう」

と言い出したのだ。

さすがにこれには喜怒哀楽の怒が少し欠けている僕でも腹が立ち。

「もうどこにも寄らない!早く目的地へ連れていけ!」

そう怒りを露わにしながら伝えると、またニコニコしながらわかったと言い走り出した。

しかし、なんとまた他の店に僕を連れて行きさっきと同じようにニコニコしているのだ。

もう本当に頭にきた僕は、

「もう降ろせ!はじめに了承した金の半分は払ってやる!だからもう降ろせ!」

「もうお前には付き合えない!」

そう伝えて適当に少ないお金を払いトゥクトゥクを無理やり降りた。

そして降りる際に、二度と顔を見せるなと言い放った。

もはや自分がどこにいるのかもわからなかったが、そんなことよりドライバーに対しての怒りの方が強く、その場所なんてどうでもよかった。

結局その後、その近くでバスに乗りようやく目的地までたどり着いた。

そしてそれから数日後。

また僕はデリーの街をフラフラ歩いていた。

すると、

「へーイ!ハウアーユーマイフレンド~!」

よくある商人のしつこいオファーだと思い振り返った。

しかし、僕はその顔を観て驚愕した。

なんと、あれだけ怒りを露わにして二度と顔を見せるなと怒鳴りつけた、あの男性だったのだ!

前回のことなど全くなかったかのように、満面の笑みでニコニコ近づいてきた男性は、またあの日と全く同じオファーをしてきたのだ。

意味が分からなった。

どういう神経をしていたら、また僕に声をかけて同じオファーをしようという発想に繋がるのか。

もはやパニック。

ただその次の瞬間に、呆れたとはまた少し違った感情が沸いてきて、僕はその感情によって自分の顔に笑みが作られていくことに気が付いた。

どんだけ根性座ってるんだこいつは。

これがインド人の商売の仕方なのか。

これはもしかして、苛立っている場合ではなく、もはや見習わなくてはならないことなのではないか?

そんな感覚になってきたのだ。

もちろん他人が嫌がっていることはするべきではない。

しかし、このくらいの強引さを持てるくらいのアグレッシブな行動に出られるということはすごい強みなのではないかと思ったのだ。

そういえばもう一つ思い出したが、インドでは、電車の切符を買う時もしっかり順番を待つ人は殆どいなく、数人がカウンターに飛びついて我先に話を聞けとばかりに全員が同時に話しかけているという光景も日常茶飯事だ。

主張がめちゃくちゃ激しいのだ。

これだけ人口が多くて、主張が強い人々の中で暮らしていたら、そりゃ主張が強くない人は埋もれてしまい、誰からも気が付かれずに一生を終えるということも過言ではないのかもしれないと思った。

まあこれは僕の過去に行っていたバックパッカー時代の話のほんの一部だが、このような出来事から、僕は自分の環境をもう一度振り返り、世界で生きていくとはどういうことなのかをもう一度じっくり考える機会を得たと考えた。

だから今では、インドという国、そしてインド人達のことはすごく好きで、ある意味普段の彼らの言動に注目し、何か盗める物はないかと観察している。

さてと、それではやっとここからインド人女性との面接の話をしたいと思うが、実を言うとそんなに話すことはない(笑)

なぜなら前にも書いたが、オンラインといった言葉を使って募集をしたせいもあり、このインド人女性も現在はインド在住だというのだ。

以前日本に住んでいて子供たちに英語を教えていた経験があるので、その経験を生かして働きたいとのことだった。

そして、その当時使用していたコンテンツも見せてもらったが、正直それなりのクオリティに達しているとは言えなかった。

そして結局、何より日本にいないので今回は採用は難しいと伝えて面談は終わった。

さて、次はいい出会いがあるだろうか。