独立ブログ

Geshi誕生

2020年12月14日。

とうとうこの日がやってきた。

記念すべき第一回お試しレッスン

ビジネス用スマホを手に入れた僕は、早速この二人に連絡をした。

フィリピン人のマイカ、そしてマダガスカル人のミアだ。

異文化交流をメインの狙いとしたレッスンはもちろん僕一人では出来ない。

お試しレッスンを行わせてもらえることになったと日程を伝えると、二人とも喜んで協力すると言ってくれた。

マイカに関しては、毎日子供たちと接していることもあり余裕が伺える。

ミアは子供たちに何かを教えるという経験はなかったので、少し不安そうな印象だがそれでも楽しみにしていると言ってくれた。

マイカとミアがそもそも仲がいいということは非常に好都合だった。

しかし、問題は僕だ。

何を隠そう、僕自身子供たちに英語を教えたことはおろか、正直子供たちとどうやって向き合って対応したらいいかも全く想像がつかなかったのだ。

正直、子供はそんなに得意ではないと思っていた。

もちろん僕自身が今後講師としてメインで子供達の前に現れるわけではない。

あくまでも外国人がメインだ。

しかし、初めは僕がやることを考えてそれを一緒に外国人達に行ってもらう方が、僕自身もレッスンのイメージが付きやすいし、直接子供たちの反応を感じられるので今後のコンテンツ作りのためになると考えた。

ただそこで少し気になったのが、、僕は日本人であるということだ。

日本人がメインで英語を教えるというのは僕のプロジェクトとしてはしっくりくるものではなかった。

そして何かいい案はないかと考えていると、こんなアイデアが浮かんだ。

韓国人として子供たちと接しよう!

僕はもともと韓国人だ。

現在は帰化して日本国籍ではあるものの、両親共に純血の韓国人なので僕の中に流れている地は100%韓国の血である。

ということは、僕が韓国人として子供たちの前に現れてもウソにはならないのではないか!?

そうだ、英語が話せる日本語がカタコトの韓国人というキャラを演じればいいのだ。

そうと決まれば少しばかり肩の荷が下りた。

解決できていないことが頭の中にあるとずっとモヤモヤしてしまうタイプの僕は、一気に気が楽になった。

Geshi誕生

日進まこと幼稚園はJR川越線で大宮駅から1駅の日進町に位置している。

そして、この川越線が曲者であることにこの日初めて気がついた。

何を隠そう、約20分に1本程度しか電車が来ないのだ。

僕が前回初めて幼稚園にお邪魔した際には、家から自転車で向かった。

かかった時間は約15分。

僕が電車で日進駅に行こうとすると、一度最寄り駅から大宮駅に出て川越線に乗り換えていかなければならないため、最短の時間を狙い上手くいっても20分くらいはかかる。

そこから徒歩が入るので25分は必要だ。

電車代もかかる為、これは非常に効率が悪かった。

だから今回も理想を言えば自転車で来たかったのだが、一応僕なりにレッスンに使用する道具を考えて持ってきたため荷物が多かったことと、マイカとミアと合流して一緒に幼稚園へ向かうため、駅で待ち合わせすることにしたのだ。

少し早めに日進駅に到着した僕は、二人を待った。

すると初めにミア、そしてマイカと次々に到着し、三人で歩いて5分ほどの場所にある幼稚園に向かった。

まだこの頃もコロナが収まる気配はなかったのでマスクは必須。

二人ともマスク姿だったが、もう外国人のマスク姿にも慣れていた。

僕たち3人は割りとリラックスしていた。

そしてついに幼稚園に到着。

蛇腹状の門を開き中に進むと、野尻副園長が大きな声で暖かく出迎えてくれた。

「ハローハロー!」

「いや~楽しみにしてましたよこの日を」

「他の先生たちにも話はしてあるんでね。今日は3クラス行ってもらおうと思ってますがいいですか?」

僕はもちろんですと言って、前回初めて伺った時に野尻さんと話した部屋に荷物を置かせてもらい、準備してきた洋服に着替えた。

洋服と言ってもそれはエプロンだった。

幼稚園で子供達と接するにあたり大切なのは子供たちに違和感を持たせないこと。

もちろん初めてのレッスンなのでいきなり仲良くは出来ないかもしれないが、よそよそしくだけはしたくなかった。

だから少しでも子供たちが普段から慣れ親しんでいるものを身に着けて、なるべく自然に子供たちに溶け込んでいけたらと思ったのだ。

とはいえ僕のエプロンのイメージは実際に幼稚園の先生たちが着用しているタイプのものとは異なり、キッチンでたまに料理するお父さんみたいな感じになってしまったが、まあ誰も気にしていなそうなので良しとした。

そして、とうとう最初のクラスの子供達の準備が出来た様子。

初めは年少さんということで3歳、4歳の子供達だ。

紙上の世界地図と、地球儀柄のビーチボール、そして音楽を使用したかったのでiPadと三脚を持ち、いざ年少さんのいるイチゴ組へ向かった。

そして、人生初の異文化交流レッスンが始まった。

まず僕の第一声、

「ハロー、コンニーチハッ、ワタシノ、ナマエハ、Geshiテイイマス。」

ん?

ここで実は僕自身も予想していなかった言葉を発したことに気がついた。

それは、Geshiというニックネームである。

僕はこれまでの人生でいくつかのあだ名をつけられたことがあった。

苗字が同じ芸能人の名前や、由来がよくわからないあだ名などなど。

そして、このGeshiも数名の友人からこの頃たまに呼ばれることのあるあだ名だった。

しかし、特別このあだ名をこれからのレッスンで使用すると決めていたわけではなかったし、むしろGeshiは僕の人生の中でのあだ名歴は非常に浅く、まだ自分の中でも確立していないような感覚だったのだ。

しかし、このGeshiという何気なく飛び出したあだ名が後のキーポイントになることをこの時は気が付いていなかった。

「ワターシハ、カンコークカラ、キマシタ」

「ヨローシク、オーネガイシマース!」